金沢工業大学
教育DXシンポジウム2022 活動報告

MR(Mixed Reality)を用いた視空間認知評価法の検討

金城大学
医療健康学部  講師 酒野 直樹

視空間認知障害の課題をMRを応用し的確に把握

金城大学の酒野です。これまで私は作業療法士として高次脳機能障害の一つである、視空間認知障害に関わってきました。視空間認知障害の検査は机上で行うことが主で、実生活に近い、より広い視空間の状態を的確に評価できないことが問題でした。

今回、石川県内の私大等が連携する私大等プラットフォーム事業との関わりの中で、MR(Mixed Reality)を活用して視空間認知の評価ができないかと考えました。

金城大学は社会福祉学部、医療健康学部、看護学部の3つの学部からなる大学です。私は、医療健康学部の作業療法学科に所属しています。また、短期大学部を併設しており、その中には3つの学科があります。今回は、美術学科ゲーム?映像コースの教員と共同で研究を行いました。

皆さまの中には、作業療法士といっても馴染みのない方もいらっしゃると思います。作業療法士は、身体や精神に障がいを持った方の日常生活活動から職場復帰まで自立生活の援助をするリハビリレーションの専門職です。

作業療法では、高次脳機能障害を持った方も対象となります。この病名も耳慣れない方がいらっしゃると思います。これは、脳の比較的高位に位置する領域、大脳半球の損傷によって生じる行動および認知能力の障害の総称とされています。その中には、言語や視空間認知、記憶、思考、注意、行為など、人間が社会生活を送るうえで必須な機能の障害が含まれています。

高次脳機能障害の一つである視空間認知障害は、脳血管の障害です。要因としては、脳卒中や頭部外傷といった大脳半球の損傷がよく見られます。近年では、認知症の手前とされている軽度認知障害(MCI)など、加齢での変化や認知機能障害に伴う視空間認知障害も注目されています。

ここで、図を用いて視空間認知障害の一つである左半側空間無視についてご説明します。こちら(図1)は、私の研究室の画像です。

図1

通常は全体を見渡せますが、左半側空間無視の場合は厳密にいうと見えていないわけではないのですが、色をつけた空間に注意が向かず、この空間にいる人やものに気づくことができません。日常生活では、食事場面でお膳の左側にある食べ物を見落として食べ残してしまったり、左側から歩いてくる人に気づけなくてぶつかってしまったり、髭を剃っているときに自分の身体の左側に気付けず剃り残してしまったりといった困ったことが起きます。

現在、我々が臨床現場で行っている視空間認知機能を定量的に評価する手段は、TMT(Trail Making Test)のほか、数字や図形、文字の抹消課題など、机上での検査が一般的です。並行して日常生活の動作を観察した主観的な評価を併せて解釈しています。

机上でのテストの一つであるTMTは、ランダムに並べた1~25の数字を順番に探しながら線で結んでいく検査です。数字を最後までたどる時間を計測し、その時間によって障害の程度を把握します。

星末梢課題は、大小の星とひらがなが混ざった中から小さい星だけを選んで○をつける検査です。左半側空間無視の方が行うと、左側を見落としてしまうという結果になります。かな抹消課題は、ランダムなひらがなの中から「え」と「つ」を選んで○をつけるのですが、これも左半側空間無視の方は左側を大きく見落としてしまいます。

これらの机上検査はA4~A3程度の紙面で行われることがほとんどです。つまり、実際の生活空間よりもかなり小さい空間での検査になります。

日常生活場面では、視覚情報をはじめ、多くの情報を処理しながら動作をする必要があります。先ほどのような机上の視空間認知検査で問題があると判断されればよいのですが、机上の検査では何ら問題を示さない患者さんもいます。そのような患者さんでも、日常生活の場面、例えば廊下を歩いている時や自動車の運転をしなければならないときに、視空間認知に課題を生じることがあります。

机上で行う二次元空間の検査と動作観察を併せて評価を行うのみでは、実生活に近いより広い視空間の状態を的確に評価できているとは言いがたいという報告もあり(羽田ら、2021)、机上の検査では把握できないより広い視空間で、かつ安全に遂行でき、妥当性の高い定量評価の確立が必要であると考えます。

映像技術には、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)とそれらを合わせたようなMR(複合現実)があります。その中でMRは、デジタルコンテンツを三次元空間の中に生み出すことが可能であるため違和感なく適応することができ、いわゆるVR酔いが生じにくいというメリットがあります。このメリットから特に我々が対象とする高齢者や脳血管障害の患者さんにとってはVRよりも扱いやすいのではないかと考えました。

今回、石川県内の私大等が連携する私大等PF事業の一環として、金沢工業大学様から教育DXを教育や研究に活用するためMR機器(Magic Leap)の貸与を受けました。そこから、MR機器を用いた視空間認知評価の研究について着想を得ました。

あらゆるデータを蓄積?分析し妥当性の高い評価方法の確立へ

ここでMRを用いた視空間認知評価を映像でご紹介します。先ほどのTMTを実際の空間に移してより広い空間での検査を可能にしました。

ランダムに浮かぶ玉を数字の順番に手もとのコントローラーで打ち、消していきます。間違えると先に進めず、広い空間なので、左側にもしっかり首を振らないとすべてを消すことができません。決まった数字の並びですべての数字を消すまでの時間を測定するテストモードと回ごとに数字を変えられるトレーニングモードが選べるため、検査のみならず治療効果も期待できます。

今回、MRを用いた視空間認知機能の評価方法の信頼性と妥当性を検証し、実生活の空間に近い視空間認知の評価を臨床現場で可能にすることを目的としました。これからは、若年健常者、高齢健常者、脳血管障害患者を対象としたデータを順に収集、比較し、それぞれの対象グループの標準化と検査結果の特徴を明らかにしていきます。

また、対象者の心的指数評価としてヘッドセットの装着感や高齢者がコントローラーをうまく操作できるかといった操作性、検査の時間や疲労感、結果の受け止めや満足度についても次年度から随時データを収集して分析していく予定です。

教育DXが生みだす作業療法の新たな可能性

ここからは、作業療法とVR?MRの可能性について述べていきます。近年、VRやMRなどの映像技術をリハビリテーションに取り入れたという報告が増えています。例えばリハビリテーションの場面では、老人施設入所者にVRを使用した旅行体験を提供した報告や作業療法で行う住環境調査をVRを用いて行ったという報告、MRを活用した視空間認知の評価や練習の実施報告も少しずつ出てきています。

臨床場面においては、3Dパズルを行うソフトを用いて視空間認知障害のある患者さんの練習や高齢者の認知症予防を行うことができると考えています。また、先ほどもありましたがVRを使った旅行体験、さらには高齢者や入院中の患者さんにスカイダイビングなど通常では決してできないアクティビティを体験してもらうことも可能だと考えています。

作業療法の役割は、患者さんなど対象者の機能をよくするだけでなく、例え障がいをもっても楽しみやできることを増やしていくことも大切です。そういった意味で、身体が動かなくてもできることを映像技術を使って提供することは非常に大事なことだと思います。

教育現場においては、Magic LeapのソフトでInsight Heartという解剖体験アプリなどを活用できると考えています。バーチャル空間に現れた人体模型に臓器が表示され、近づくと中の血管まで詳細に見ることができます。コントローラーで回転させれば骨の並びや構造などを立体的な映像で観察できます。こういったものを使うと学生も楽しみながら学ぶことができるのではないかと思っています。

DXを用いた作業療法はまだまだ可能性がありますので、これからも探求したいと思っています。ご清聴ありがとうございました。

引用文献:
羽田 崇、?辻廣 美貴、大槻 一実、?泉 知子、?橋本 晋吾、?田口 周、?長谷 公隆、「Mixed realityを用いた視空間認知機能の新しい評価法の検討」、『総合リハビリテーション?49巻1号』(2021年1月発行)、P75-78